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【実話】11年前に書いた亡き親友への手記。今ある繋がりを大切にしてほしいあなたへ
カテゴリ:作田店長ブログ  / 投稿日付:2026/09/26 09:21

ふと11年前に書いた文章(ブログ記事)を見つけました。大切な親友について書いたものです。そのまま公開しようと思います。

 

今年のゴールデンウィーク最終日。親友が亡くなったと、弟から連絡があった。

その瞬間、彼との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、自然と涙がこぼれた。彼は小学、中学、高校を共に過ごし、社会人になってからも付き合いが続いていた大切な友人だった。

中学時代は同じクラスで、バスケ部でも一緒に汗を流した。彼はレギュラーとして活躍し、私は厳しい練習に耐えきれずに途中で辞めてしまったけれど、変わらず遊び仲間のひとりだった。

同じ高校に進学すると、今度は一緒にサッカー部へ入った。勉強はそっちのけで、遊びや恋愛を共に楽しんだ。台風の日に一緒に海へ入って死にかけたりと、馬鹿なこともたくさんした。

 

とにかく優しいやつだった。高校を卒業して自衛隊に入隊した私が寂しいだろうと、教育期間中で外出できない横須賀の基地まで、千葉から私の彼女を連れて面会に来る計画を立ててくれた。私の家族を気遣って、一升瓶を持参して実家まで食事に来てくれたこともあった。私が彼女に振られて落ち込んでいるときは、すかさず遊びに連れ出してくれた。

 

彼の結婚披露宴では、友人代表としてスピーチをさせてもらった。中学時代から彼が好きだった「佐野元春」のライブにも何度も一緒に行った。酒を呑み、カラオケに行き、ボーリングや波乗りをして、スキーも教えてもらった。思い出を挙げたら本当にキリがない。

 

弟からの知らせを受けた後、中学や高校の仲間たちに連絡をとったが、誰も彼の死を知らなかった。

仕方なく彼の自宅に電話をかけると、お母さんが出た。「いちばん仲が良かったあなたに、最後に会わせてあげたかった」と泣き崩れる声を聞き、仕事中ではあったが「今日中に必ず伺います」と約束をした。そして、同級生たちに彼が亡くなったことを伝えた。

 

彼の自宅へ向かう途中、私の母や弟、妹とも合流し、自宅前で同級生たちと待ち合わせた。

 

再会した彼は冷たかった。周囲は泣いていたけれど、どうしても現実を受け止められなかった私は、泣くことができなかった。 お通夜、告別式に参列して彼を見送った後も、実感は湧かないままだった。しかし、それから数日経つと、日常のいろんな場面で「もう彼が居ない」という事実に気づかされ、涙が止まらなくなった。ただただ、寂しくてたまらなかった。

 

彼が亡くなってから16日後の5月26日、サザンオールスターズのライブ「東京ドーム 葡萄の旅」へ行った。 彼は中学時代からずっとサザンが好きで、車の中で聴いたり、カラオケでもよく歌っていた。彼にもこの景色を見せてあげたくて、私は彼の写真を持って行った。驚いたことに、弟も彼の写真を持参していた。私と全く同じ気持ちだったのだ。 ライブが始まると「彼も一緒に観てるよな」と感極まり、大声を出して泣いてしまった。

 

なんで、そんなに早く逝ってしまったんだよ。俺がそっちへ行ったときは、思いきり説教してやるからな。

 

彼は本当に人気者で、誰からも好かれていた。 そんな彼が残してくれた、置き土産がある。それは、疎遠になりかけていた地元の仲間たちとの縁だ。今ではLINEで彼の思い出話をしたり、近況報告をして励まし合ったりと、中学時代よりも絆が深まった。「毎日が楽しくなったね」と、みんなで笑い合っている。

 

 

 

この写真は彼の49日に地元で撮影された虹。 同じ場所で虹が2つ同時に出現した。正直、驚いた。「これは彼が天へ登るかけ橋」だと同級生が言ったが、ほんとうにそうだと思った。

なぁ、オマエのおかげで楽しいことたくさんあったよ。まじでありがとうな。いつかそっちで会うときまで寂しいかもしれないけど皆を見守っててくれな!

 

【あとがき】

最後に、この記事を読んでくださった方へ。

 

もし、長らく連絡をとっていない大切な友人がいるなら、ぜひ今日、LINEでも電話でもいいので連絡をしてみてください。

「そのうち会おう」という約束は、叶わなくなる日が突然やってくることがあります。

 

失ってから気づくのではなく、今ある繋がりを大切にしてほしい。それが、彼が命をもって教えてくれたことだと思っています。皆さんも、どうか身近なご縁を先延ばしにせず、温め続けていってください。

 

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